今年3月に録画していたETV特集「膨張と忘却~理の人が見た原子力政策~」1時間にびっちりとつまっているので、見直して、見直して私の頭で理解するというより、どうしても感情的になってしまっていました。
ですが、ずっと「理の人」のことは消えることはなく。
東日本大震災での「福島原発」は今も脅威のままなのですから。
吉岡先生は「日本の原子力政策は合理的議論を尽くした末のコンセンサスにもとづいて進められてきたのだろうか。」と常々言っていらしたそうです。
「熟議をすべきだ。」と。
1990年代から20年にわたり、国の原子力政策に関わってこられた九州大学大学院の吉岡斉先生。「日本の原子力政策が「政策合理性」に関する真摯かつ有能な判断に基づいて進められてきたとは、どうしても思えない。」と胸の内を書き残しておられるのです。
日本で原子力の使用が始まって70年。
先生はほんとうに多くの文書を残していらっしゃるのです。
「利益政治」の枠組みの中で進められてきたのだと。原子力長期計画を貫く無責任の思想だとも。
実際に有力政治家が「これは神話なんだよ。嘘は承知で“できるできる”って言っていればいいんだ。薄く広く電力料金に乗っければ19兆円なんてすぐに生み出せる。」と「19兆円の請求書」を作った官僚たちに言い放ったとか。
「結局国民よりも自分たちの飯のタネとか立場とかを優先するんですよ。」とも。
いつもの図式と言えばそれまでのことなのですけどね。私が肌感覚で感じてきた利権体質の実態を吉岡先生は会議の場で目の当たりにされ続けてこられた20年だったのだと思うのです。物理学の学者として。
2018年1月、肝臓がんで64歳で亡くなるまで。
私の頭ではどうしても平たい話になってしまうのですけれど。
2012年に岩波書店から「脱原子力国家への道」(叢書:社会と震災)を出しておられることからも、吉岡先生の想いが伝わってくるように思います。
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