前期高齢者と呼ばれるようになってから、いろんな研究者の番組だったり、私はドキュメンタリー番組がおもしろくて録画をしては見ています。
先日「どうして白髪になるのでしょうか」と書きましたが。「歳をとれば白髪になって、しわやシミが出て当たり前。」でしょう。でも、そういったことを科学者の視点からの説明で細胞レベルまで教えていただくと、まさに「生物」の一員であることを認識します。
「単細胞生物」と基本的に変わらないのだと。遠い昔に地球上に誕生した生命体の長い歴史の延長線上にいる私。
「みみずだって おけらだって♪」という歌がありますよね。
先日妹と電話での話で「最近、稲穂のアレルギーが出るようになったんよ。」というのです。妹の家の周りは一面田んぼです。それなのに今になって「稲穂のアレルギーって?!」とビックリして「お米は食べられるのに、稲穂のアレルギーねえ。」と妙な答え方をしてしまいました。
そのときも思いました。細胞レベルでは日々変化しているらしいから起こりうることなのかしら?と。
そこで、やはり思うのは「じゃ、細胞レベルで若かったころの肌の細胞には変化しないのはどうして?」いくつになっても女性の願望はとめどなく。欲深いことですねえ。
「生老病死」とパソコンに打ちましたが、『晴朗病死』おもしろい変換をしてくれましたわ(*_*;
「生老病死」は仏教用語だそうです。自分の思うようにならないこと」を「苦」と表現して「この世での4つの苦」とのことだと。それでも細胞レベルの活動を体のなかでは日々、もちろん内臓も一生懸命に動いてくれているのです。仏教では「生」も苦としてとらえるのねと?が頭の中に点灯しましたけれど。まあ「生」から始まる人の生涯ということでしょうか。
日々生まれ変わってくれている細胞、働いてくれている(私は働くことをやめているのにね)臓器に感謝して、私も首の後ろにできるアトピー性湿疹も生きている証拠として受け止めていくことにしましょうか。
================
にほんブログ村「団塊の世代」カテゴリーのランキングに参加中です。
いつも応援クリック有難うございます♪