単なる懐古趣味ではないと、私は思っています。

戦後の日本を元気にしようと、多くの作詞家、作曲家、歌手の方々が「軍歌」ではない歌の数々を世に送り出してくださったのを聴きながら育ったのですから。

私の育った家にはステレオなどはなくて、今でも不思議でならないのです。いつ、どこで耳にしていて、覚えたのだろうと。

心から湧いてくる昭和の時代にしみ込んだメロディーにセンチメンタルな気持ちになったり、元気をもらったり、ふと口ずさむことも。

私が家事をするときに必ず流していたカセットテープの曲が、子供たちも記憶の隅に残っているようで。

松山千春さんのデヴュー当時の曲や、連れ合いの転勤で2年ほど住んでいた都内の子供の小学校のママさんコーラスで音大の若い先生に指導してもらった「待つわ」など。アルト部門担当でしたので、カセットの録音機を持って行って自宅で練習したものでした。都内の大きな舞台の上で、白いブラウスに黒のロングスカートで合唱したのも懐かしい思い出として写真に残っています。

10歳で隣町に引っ越した時に初めて友人が出来、その彼女のお宅に遊びに行って西田佐知子さんの「アカシアの雨に打たれて」を歌ったのです。友人のお母さんがほめてくだすって嬉しかったものでした。

唄はいつも私の人生の道連れ。

美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」に涙ぐみ、越路吹雪さんの「愛の賛歌」や「別離」

エディット・ピアフの歌うシャンソン フランス語など学びもしていないのに音でとらえようと耳を傾け、イタリアのカンツオーネは当時日本にも入ってきていて夢中になったものでした。

盲目のシンガーソングライターの長谷川きよしさんの「別れのサンバ」は、必ず歌う曲なのです。今も。

ディオンヌ・ワーウィック唄うバート・バカラックも外せないですし。。終わりませんね。歌の話は。

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ABOUT ME
audreyh0504
自己紹介 もうすぐ73歳に 関西から半世紀以上前に関東へ 連れ合いが突然関東への転勤を命じられ 埼玉県や都内に住んで 今は千葉県 子ども二人はは関東育ち 関西弁は当然のこと関東弁は仕事がらですが いまだイントネーションは直りません