最近いったいぜんたい、どうなっているんでしょうねえ。
政治家、アスリート、男性の、ハッキリ申し上げて欲望の制御不可能事態の増加の一途に呆れています。
先日「テレサ・テンさんの歌特集番組」を見ていましたら、ミッツ・マングローブさんの話の中で「テレサ・テンさんの歌”愛人”がヒットしてから、愛人がカジュアルになったんじゃないですか。」その前に「オフィスラブでちょっと引っ掛けた部下に小遣い渡すとか」という言葉もあって。
中国語の「愛人」は伴侶の事だそうで、テレサ・テンさんは日本語の「愛人」の意味を聴いて最初「私はそんな歌は歌えない」とおっしゃったそうです。
「愛人がカジュアルになった」まさに今、現実の報道を見ていると軽く発言されていますよね。
う~ん、頭を抱えてしまいますわ、私は。
明治時代や大正時代は「お妾さんを持つのは男の甲斐性」と言われていた時代。陰で妻である女性は泣きながら、耐えているしかなかったのです。
もう一つミッツ・マングローブさんの言葉にひっかかりました。「男女雇用機会均等法が施行されて、女性がどんどん社会進出していくわけですから。家の中だけの生き物じゃなくなる」はあ?家の中だけの生き物って?!
そりゃ、女も男も生物学的に「生き物」だとは思いますけど。
その言い方はどうなんです❓と、私は思いましたけどね。
家庭の問題、夫婦間のことではあるかもしれません。が、泥沼に足をいれてしまうと犯罪にまでなるケースもありますし。
決して軽くはないのでは?カジュアルなことなのでしょうかねえ❓
余談ながら、一度だけ今年私の40歳代の息子にメールで「男ってねえ、困ったものねえ。」と私がざっくり送信したら「男はそんなもんですよ。だいたい。」とスッと返信がきたことがありまして。「男と女の間には暗くて深い河がある♪」と呟いたものでした、私。
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