私の1歳年下の彼女、同じ千葉県だけれど千葉も広くて、なかなか逢えず、電話だけに。
40年も前に1年間、地方銀行でパート事務の仕事をしてたというだけなのに。
彼女はその後、離婚してお子さんと一緒に千葉県内の実家に戻って、「働いて、働いて~」働きづめで、今も働いているのです。
今日は仕事じゃないから、疲れはまあ大丈夫かなという夜に電話しました。
40年前と変わらない声で、おんなじ語り口。肩に力がはいってないサラリとした感じで、話す仕事の内容のキツさは半端ないのです。
辛抱の良さは昔のドラマ「おしん」のようでして。淡々としながら。
彼女のお母さんも亡くなるまで働きどおしの人だったようで、今でも「私はお母さんには、とてもかなわないわよ。」と言う女性です。
私は「お逢いしたことはないけどね、あなたがいつも話してたからさ。貴女んちはみんな働き者なのよね。」と私。
話していくうちに「最近、明け方に頭痛がして目が覚めるのよ。それと、めまいっていうか、ふらふら船に乗ってるみたいになってね。でも、漢方薬を飲むとましになるからさ。」と言うのです。
「ほら、それって、疲れじゃない❓あなたは働きすぎなのよ。」といつも同じ言葉がでてしまって。
「ちゃんと食べてる❓」と尋ねると「食べてるわよ。子どもが驚くくらいね。でも、体重は増えないけどさ。」と、風が吹けば飛ばされるんじゃないかと思うほど細くて、華奢な彼女。
大手スーパーマーケットのパートの仕事を70歳の定年退職まで、勤めあげ(50歳代の同僚がキツイ仕事に辞めていくなかを)その時に落とした体重が戻らないまま、今も自分で見つけた和菓子屋さんで指の爪を痛めるほどの洗い物や、重い鍋を運んだりするので「腰が痛くて、整骨院に~」と言いながら。
40年前も、華奢なのに風邪ひとつひかないで、結婚していたその当時、ご主人の両親と同居していて、日曜日は一日中台所に立って1週間分の料理を作って冷凍していたとサラッと話していたのでした。
彼女は銀行の総務で黙々と仕事をして、5円数字が合わないとなれば、みんなして残業をしたものね。
「今さ、うちの子がご飯が欲しいっていってるから。」と言い出すので「あら、お子さんが来てるの❓」と聞くと「にゃんこ=^_^=がいるのよ。」と。
「はい、じゃご飯をあげてね。でも、癒されるでしょ💛 いいことだわ。じゃ、またね。」と、電話を切って。
身体を大事に、ネ と、心でエールを送るだけの私です。
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