まだ介護レベルⅡの連れ合いは、杖も使わず、ですが歩くペースは遅くなりましたし。
30分間歩くと、疲れるように。
一昨年までは東京の霞ケ浦まで花見に出かけたのに、それは叶わぬことになりまして。
とはいえ、まだ車椅子に乗るほどではないと、連れ合いは当然思っているのでして。
当の本人が一番困惑しているのでしょう。そうした持って行き場のない思いは「鬱憤」となって溜まるものでして、テレビから流れるささくれた事件の報道に怒りを増殖させて、ブツブツと「老いの怒り」を転嫁させるようになっているのです。
せまい家の中ゆえ私の耳にもいやおうなく入り込んでくる「怒りの言葉」は、私の心も苛み「老いて身体を病むということは、本人はもちろん家族もその渦に引き込まれる」のだと。
「老々介護」と一言で表現されますけれど。
最近読んだ新聞の投稿欄に、施設に入っていらっしゃるお母さんを見舞った、娘さんが介護ヘルパーさんから「お母さんはいつもニコニコしておられるので、助かります。」と聞かれたそうです。
お母さんに「どうしていつもニコニコしているの❓」とお尋ねになったら「お世話してもらっているんだから、せめて笑顔で感謝しないとと思って~」との言葉が返ってきたそうです。
なんて素敵な言葉でしょう。
歳老いて、笑顔で感謝できるよう、未熟な私はまだまだ道遠しの感。
修行は始まったばかりです。
昨日は娘が近くの公園に落ち込んでいた私を連れ出してくれたのです。
「24時間ずっとはキツイから。」と。
まるで別世界のように、若いご夫婦と子どもたちの弾む声が響いていました。




