私が子どもだったころは、掃除機なんぞなかったので、ホウキで畳の上の塵芥を掃き出していたんだと思うのです
というのは
思い返すに、私はトイレの掃除は10歳からしていましたけれど、部屋の掃除の記憶がいまいちないのです
10歳で引っ越してから、母はせっせと洋服や着物の縫物の内職仕事に精を出していましたので、狭い部屋の中は糸くずや布の切れ端のない時はなくて、、
昼は動力ミシンで洋服を縫い、夜は暗い照明の下で、手縫いで一針一針振袖や、留めそでを縫っていました
その母も、父も逝き、私はまだ生かせていただいています
最近、歳を重ねてきて思うのです
人間が生きるとは と
かって徳川家康公の言葉として有名な『人生とは重荷を背負うて遠き道を行くが如し 急ぐべからず 不自由を常と思えば不足なし~』と続くのですが
災害が多発している日本や、世界です
与えられた「命」を全うできれば、幸いなことだと思う一日が始まっています