人気の菓子店のパティシエが「やりがい」を盾に残業時間も過労死寸前まで働かせていたという報道に憤りを感じました。
話に聴く「丁稚奉公」とも当然違います。人気店だったから忙しいのは理解できても、その分利益も上がっているわけですからね。働かせて、残業代は払いたくないという権力者のえげつなさ。(貪欲もええ加減にせんか❢)
「カネ」は魔物なのか、「カネ」が溜まっていくと減るのが惜しくなるのか。私には縁のないことなので想像の域を出ないですが。
今の時代は「ブラック企業」という言い方をしますが、今は使うことのないと思っていた「奴隷」のような扱いじゃないですか。
「嫌ならやめていいんですよ。」という殺し文句を切り札に、絞れるだけ絞り倒したパティシエ見習いの若者たちをなんだと思っていたのでしょうか。
「修行」だと言いながら洗脳と脅しでの飼い殺し状態かと。
そのお菓子は美味しかったから人気店だったのでしょうが、涙と汗と悔しさが混ぜ込まれた苦味を内包していたのではないんですかねえ。食べたことがないのに言うのは申し訳ないですが、有名なパティシエの前に心ある人間であってほしいと思ってしまうのです。
疲れ切って、または体と心を病んでやめた若者のその後に新しい道が開かれているようにと願わずにはいられません。
「電通」に入社してパワハラと過労死に追い込まれる残業に自殺を選択してしまった「まつりさん」のことを忘れることはありません。母一人娘一人で頑張って勉強して俗に「大手」と言われる会社に就職してお母さんはホッとされたことでしょうに。愛娘を自死というカタチで失われたお母さんの喪失感は私ごときには。。
人を人として、まっとうに接することの出来ない人間がこうまで増えるとは想像出来ませんでした。学校に通っている子どもたちも自死を選んで、その原因追求は何年経っても教師や教育委員会、はたまた行政までがよってたかって隠蔽しようとしている醜い姿をいつまで見せられるのか。
命の尊さがわかっていない教育者、経営者、政治家がのさばって既得権益にしがみつくのをただ見ているのには、もう怒りしか覚えません。
世の中の不条理だと片付けていては、前進していけません。前進は進歩して進むことだと、少しづつでも良くなっていかなければ未来はないのですから。青臭いと言われようが、そうじゃなきゃこの世に生を受けてきた意味がないじゃないですか。
昔話の「舌切り雀」はもう知る人もいなくなりましたかねえ。大きなつづらと小さなつづらの話には欲ばったら、こうなるよとの教えがありました。今、読んでみるとこのお爺さんは優しい人で、お婆さんが洗濯ものにつける残りご飯から作った糊を雀が食べたことに怒って雀の舌を切ってしまうんだったんですね。私も記憶が遠くなって居て、大小のつづらのことの結末しか覚えていませんでしたわ。
お爺さんの親切と欲の無さには小さなつづらのごほうびが。ご褒美だけを見たお婆さんは欲深く大きなつづらを、それも約束を守らず途中で開けてしまいつづらの中から魑魅魍魎や虫や蛇が現れて気絶してしまうという。または、妖怪から命からがら逃げ切って改心するという説もあるそうです。
その話を聴いたお爺さんは、お婆さんに「無慈悲な行いをしたり、欲張るものではない。」と諭したそうな(^o^)
ほんに、よく出来たお話でござんした❣ 私としては「えっ、そうだっけ?お婆さんが欲深で雀の舌まで切ったんだ。雀ちゃん、痛かったよね。」と、ちょっと婆さんの入り口に立つ女としては複雑な気分になったのも事実でございますが。
こんなお話がお蔵入りしてしまっているのは、残念でなりません。幼いこどもたちに読み聞かせてあげたいなと思ってしまいます。おもしろおかしく、またちょっと怖くて純真な子どもたちはどんな顔で聴き入ってくれるでしょうかねえ😊
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