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「枕の神様」を信じて生きていた頃

 お義母さんは朝は一番早く起きて,かまどでご飯を炊いてお弁当を作り3人の男の子を学校へ送り出していました。

 お義母さんは夜はおしまいのお風呂に入っていました。私が20歳でお見合い結婚をして初めての年の暮れに連れ合いの家でお正月を迎えた時、息子たち男性をまずお風呂に。女性はその後にお風呂に入るという決まりがあることを知り、私は驚きました。

 私が育った家ではなかったことでしたので。私は子供の頃から「宵っ張り」でしたから、いつも最後に入っていただけで。決まりがあったわけではなくて。当時は薪から変わって木くずを固めた薪状の燃料でお風呂を沸かしていたので、私が最後に入る頃には当然お湯の量も温度も下がっていました。ですから、再度お風呂の焚付口で新聞紙で火をつけて薪状のものを1つ焚き付けてからお風呂に入るのが当たり前でした。

 シャワーなどなくて、家族分の汚れの上澄みを桶ですくい取って入っていたのです。今のように、シャワーで髪の毛を洗い流すことなど考えもしなかった時代のこと。みんながそんな時代だと私は思っていました。特別裕福でもない限りは。

 連れ合いのお義母さんはどれほどの睡眠時間だったのでしょう。寝る間も惜しんで、という言葉の通りの日々だったと思います。お義父さんが戦死でしたので、家にいて収入を得る仕事を相次いでしていきながら家事をこなしていらしたのですから。

 当時目ざまし時計もなかっっという連れ合い。その連れ合いからよく耳にしていたのが「枕の神様」の話でした。お義母さんが夜寝る前に「枕の神様」に「明日は○時に起きられますように!」とお願いして眠るんだと。

 すると、「枕の神様」がちゃんとお願いした時間に起こしてくださるというのです。お義母さんはそうやって長い1日の仕事からひとときの眠りにつかれていたんだと思います。

 今になって、このことを思うとまさしく「言霊」なのかなと勝手に私は解釈しています。自分の中で自分に言い聞かせることの大切さを。

 否定的な後ろ向きのことを言葉にすると、そのように頭が解釈してしまうし、その逆もまたありなのではと。

 毎日を精一杯暮らしていくことにかけた見事な人生だったとお義母さんのことを思います。それだけ体も心も強い女性でしたので、私はそのお義母さんの末っ子である連れ合いの8歳年下の嫁だったので、結婚したころはそれなりの年齢になっていらしたこともあって「嫁姑」の確執感は薄まっていましたね。

 長兄に嫁がれたお義姉さんは結構大変だったろうと想像します。戦後の戦争未亡人の生活は食べていくことに始まって、子供に教育を受けさせて社会人に成長するまでとにかく無我夢中で働き詰めの日々だったことでしょう。

 そんなことがあったのは100年も前のことではないのですが、記憶も遠くなり、始めから豊かな日々であったような昨今です。

 真面目に働くということが当たり前だった時代。人として誠実であることの大切さ。どこかで、何か落とし物をしたまま突き進んでいっていいはずはないと思うのですが。

 神様がいっぱいおわす日本です。じっと見てくだすっているのを忘れないようにしないといけないなと。

 こんな事を言うのは、単なる時代遅れですか?

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