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「私、男に生まれればよかったわ」と

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 中島みゆきさんの歌「ファイト!」の中のフレーズにある言葉です。

 中東の国では女性に「ヒジャブ」をつけるようにと要請して、つけていなかった女性を拘留した数日後にその女性が亡くなったことから頻繁にデモが起きています。

 「ヒジャブ」を着用することで、周りの危ない男性から、ホコリや有害な紫外線から、その他予想外の害を及ぼすすべてのものから女性を守るためだと書いてあるのも読みました。

 イスラム教の国も、他の宗教の国、また宗教に関係がなくても女性が多くの性的被害を受ける事件が絶えません。日本でも女性の「月経」を忌むものとした時代があったのですから。私は子供を産む性である女性の生理的な現象を忌むものとしたことに「どうして?」と思っていました。

 人間だけじゃないのかしら。そんな発想は。

 これは日本の女性史の研究者に教えていただきたいと常々思っていたものです。

 地球上では一つの性だけで子供を産むことはまずできないのです。それはそれとして、一般的に女性は劣っているものとしての扱いを受けることが多いように感じます。

 腕力では劣るかもしれませんけれど、少ないですが腕力のある女性もいらっしゃいますけどね。

 庇護すべき女性だから守っているかと言えば、そうでもなくあくまでも弱者としての立ち位置から逃れられないまま。それでいて働く女性の社会への貢献度は低くはないのです。次世代を引っぱっていく子供たちを育てながら、奮闘していますよ。若い女性たちは。

 この図式がいつまで続くのか。日本にも母系社会がかってあったのを思うと、歴史の変化に気づかされます。

 研究者ではない私が今付け焼刃的に一読した「ライフジャーナル(母系社会が平和への鍵になる)」によると、多くの宗教が世の権力者と結びつき女性を蔑視する方向になっていったと(少し荒っぽい、はしょったものではありますが)いう説明が書かれています。

 女性と男性によって社会がなりたっているのです。LGBTQ+も同じく。

 男性だけで社会が成り立つ世の中になるのであれば、こんな問題は起こらないのですが。

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