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がん患者3人兄弟の今

yellow flower illustration

毎日、昼夜を問わず痒くなっている連れ合い。その日によって多少違いはあるものの、夜中も痒みで目が覚めて軟膏を塗っていると言います。

食欲はあるので、痩せてはいません。97歳の私の父が「それだけ抗がん剤してて、食欲があるのは、ほんまに生命力が強いんやな。セやけど、お前も覚悟をしとけよ。お前も体に気ィつけてな。」と言いましたけどね。

2日前に連れ合いがすぐ上の兄と電話をしていたのですが、義兄は175センチの身長(3人兄弟とも同じ身長なんです。)が160センチを切るほどになり、体重も70キロだったのが60キロもない状態だとか。前立腺がんから大腸がんに。今は人工肛門になって「オストメイト」。その後、脳梗塞を発症して脳の言語と記憶の部分を損傷したようでした。

発見が速かったのと、リハビリが功を奏したのか詰まりながらも話は出来るようになってはいるようです。

合理的な頭の理系の義兄からはとっくに「年賀状のやり取りはもうやめよう。」と言われて、年賀状は出していません。連れ合いが元気だったころから山梨の友人宅に友人数人と行くと、「山梨の桃」と、冬は「干し柿」を兄二人に送るのが恒例となっていました。

すると、年末にすぐ上の義兄からビールの箱が送られてきていました。「もう歳だから、これもやめようかと思うんだけどな。だから、送って来なくていいよ。」と義兄。

連れ合いはなんだかモゾモゾと言っていましたけど。私は電話から義兄の声を聴いていました。電話の後、しばらくして「年賀状もやめてるし、ああ言って来られているんだから、来年からは止めましよう。」とハッキリ連れ合いに言いました。

そんなことで繋がっている兄弟でもないと思うほど仲がよくて、戦死されたお父さんに恥じないようにお義母さんが頑張って3人の息子を育ててこられたのです。

上2人の義兄は勉学もとびきり優秀でした。末っ子のやんちゃ坊主だった連れ合いを長兄は父親代わりに、すぐ上の義兄は奨学金で国立大学を出て大手企業の技師となってからも何かと「食べていけるのか?」と高卒の連れ合いのことを気にかけてくだすっていて「お義兄さんはどうして?」と長女の私には不思議に思えるほどでした。

その義兄も83歳に。長男は86歳にとまさに高齢化の「老と病」の3人兄弟です。3人共がん患者でもあります。

私は連れ合いの抗がん剤の副作用の「痒みに耐える日々」について、医師に手紙を書いてどう考えて3年以上の抗がん剤投与をされているのか、聴いてみたいとこのところずっと思っているのです。

今日あたり、書きますかね。もちろん、連れ合いには内緒でと。

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