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昔の方がよかったとつい思うのは歳のせいですね

  冬は関西の田舎でも寒かったし、夏はセーラー服を脱いで扇風機の前に陣取ってしばし熱をとばさないとたまらんかった、夏草の青臭い独特のにおいといっしょにセピア色のアルバムに閉じ込められています。(実際シュミーズ姿で扇風機の前の私の写真があるのですが、だれが撮ったのか覚えてないのです。)

 快適とは言えなかった生活も思い返すとよく思えるということなんでしょうか。田舎の町にも小さいスーパーマーケットは出来ていて、車の無かった我が家では母が自転車で買い出しに行っていました。それも勾配のキツイ坂があって行きはスーと、帰りは荷台に食料品の段ボール箱が重くてヒーヒー息があがるほどの大変さでした。今は買い物難民という大変さが、歳を重ねて食料品や日用品の買い物が困難というのは命にかかわることです。いつの時代もパラダイスはないということですか。

 それでもたまに父が寒い冬の夜に帰ってきて温かい「回転焼き」と言っていた丸い(たい焼きの丸いバージョン)あんこのつまったのを出してくれたときの嬉しかったこと、今も覚えているフルーツ味のシロップ状の入ったチョコレートをこどもの数分買ってきてくれたときの、それもたまにしかないのだけど、だからこその美味しさなのです。ふんだんにいつでも買える今では味わえない格段の美味しさとしあわせ感はなにかを示唆してるようにも思います。 

 裕福ではなかったからこそ味わえる一粒のチョコレートの甘さ。

 貧乏は決して悪いことばかりではないのだと。明日のお米もないという貧困は死と隣り合わせなので危険だけれど。我が連れ合いは戦争遺児なのでお母さんが必死でいろんな仕事を家のなかでやりながら家事ももちろんかまどでご飯を炊いて、まきでお風呂を沸かしてじぶんはしまい風呂に入りと荒業をして育て上げた、当時の母は強かったと頭の下がる思いになります。いつ寝ていらしたのか、それでも病にたおれることもなくタフな女性でした。演歌のなかにでてくる母はたいていそんな母さんたちです。

 豊かさを求めて産業革命がおこり、いまはAI。便利になり私も恩恵を受けてネットで父に本を送ってもらうことができます。昨日頼んで今日父に届くはずです。進化した成果です。ありがたいと感謝はしています。

 かたや、豪雪で車が1500台も立ち往生してしまうという自然の猛威には人海戦術でしか対処できません。豪雨もしかり。自然の前では無力なのが現実です。それは天気予報の進化があっても対応できないことです。やはり、自然のなかで生かされているのですから。土と太陽の(最近は室内で電気光で水栽培もされていますが)恵みがあってこその命。

 農家も高齢化で後継者がいないと休耕田が荒れ果てていましたが、最近のニュースで若いひとたちで会社勤めよりも頑張りがいがあると農業にとりくむ人が出始めているという頼もしい話を耳にして、嬉しく心強く感じました。おおいに期待しています。

 振り返るより、前を向いていけ、ですね。先日、関西の友人から「100歳の女性の投書で3年前に亡くなったご主人との70年間の結婚生活を自伝に書くってのってたで。げんきやなあ。頭もはっきりしてはるのにビックリや!頑張らなあかんで。」とメールがきましたわ。凄い人がいてはるわ!

こうして書いていた今、父から電話がありました。「もう、着いたで。気が付いたら終着駅っちゅう題名やったんやなあ。佐藤愛子さんの本はよう読んでたんや。」私が「女傑やねえ。サッパリきっぱりしてはって。」と。早く届けていただいて、今更ながら。

はるか昔の父が買ってきてくれた「回転焼き」のような甘くて温かいささやかな喜びをみつけながら、歩いていくのみですね(*^^*)

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