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雑巾がけの大切さ。掃除機が進化しようとも

yellow daisies laid on yellow surface
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 家の中の片付けを始めると、あれやこれや見えてくるのです。見落としていた?いいえ見ないようにしていたのかな。。

 床までのカーテンを洗いました。洗濯機で。母は昔故郷の川のほとりまで洗濯物をもって行き、ゴシゴシと手で洗っていたのですから。どれほど大変だったことかと、帰省してその川を見るといつも思うのです。

 テレビで見たポルトガルの女性たちは共同洗濯場で家では洗えない大きな物(ジーンズなどもたたき洗いされていましたね)を洗いながら、他の女性たちとおしゃべりをして濡れて重くなった洗濯物を抱えて家路につくようでした。世界中どこでも洗濯ものを干しているのは共通ですよね。乾燥機がある今も。

 カーテンで隠れていた床の埃を掃除機で吸い取っても、とり切れないのです。細いさんの上にたまっている埃や隅の汚れをを雑巾でふき取りながら、こうしないときれいにはならないものだと今さらですが思い至りました。

 掃除機がいくら進化しようともね。

 お寺の日々をテレビで見た時、若い僧がひたすら雑巾がけをされていました。昔の日本家屋のつくりはホーキで掃いて(茶殻をまいてから)雑巾がけと順序が決まっていたんですもの。

 雑巾がけも修行のひとつだと、庭の落ち葉も掃き清めて一日が始まる様子は見ていて清々しいものでした。

 埃や汚れをふき取りながら、私の内側までさっぱりしていくのを感じていました。

 自己満足かもしれません。それはそれで満足なんです。埃は際限なくまた積もるのですから。

 人間の暮らしとはその連続ともいえるのでしょうね。

 被災地の方がその日常に戻られるまで長い道のりかもしれませんが、一日でも早く雑魚寝状態だったり、ビニールハウスの日々から解放されますよう祈りながら。

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