どうしてなんでしょうか?一人だと話をしないからよくないとか。今私は連れ合いと仲良くいるわけでもなく、カチンときたり、やたら連れ合いが怒って(ここで怒るのは訳がわからないわと私は思ったり)よく言う「腹の虫の居所」が悪いのかとその場を離れたりと、調整をしながらいるだけと思って暮らしています。この理不尽な連れ合いの怒りに対処したりするのがいいとは思わないのですが。私が正しいとばかりは思っていません。鏡かもと思いもしますよ。
でもこのコロナ禍ですから、お互いにイライラするのも仕方ないですかね。
人は自分の鏡だからと自省したり、そんなことの日々の繰り返しです。ついこの前、御主人がもう4~5年前に突然亡くなったと聞いていた知り合いの女性とばったりお会いして「あら、元気?」と声をかけられたので「元気ですよ。太ったからか若い頃より元気かも。」と答えたんです。実際よく風邪をひいて内科のお世話になっていた私が風邪もひかないのですから。そうしましたら「私は痩せたのよ。」と彼女。もともと痩せていらした方なのです。性格もハッキリした方でした。私が他人様のことを言える立場じゃないですが、ご主人様は大手の会社にお勤めで、彼女は専業主婦で一人息子さんを溺愛してらしてかたでした。私が生命保険の仕事をしていたときに保険の仕事がら保険会社のイベントにお誘いしてきていただいたことがありました。30年近い前のことです。その夜、彼女は行きつけのスナックとかがあって、私もお付き合いでそのスナックに一緒に行きましたが、大ジョッキの生ビールを何杯も吞まれるのです。私は1杯がやっとなんですが。「あら。お手洗いに行けばなんてことないわよ。」と彼女。今日はフランス料理、今日は会席料理と都内まででかけていらしたようでした。彼女から聞いて「専業主婦でいらして、なんて優雅なのかしら。」と思っていましたね。ヘビースモーカーでもいらして、一度我が家にいらしたときに、「タバコを吸わない人の家って壁が黄色くならないのね。」との言葉も私の中で残っています。そんな彼女の口からははばかることなくご主人様の悪口がポンポン出てくるので、私は「専業主婦でいらして優雅な生活をされているのに、、、」と解せないわと。(今となれば、そんな単純な話ではないとわかるのですが。でも私には専業主婦という選択肢はありえなかったので、経験値ではわかりえないのです。夫婦の厄介さはわかるという歳になったというだけで。)
そんなにボロクソに言ってらして、「息子、命!」としてらしてご主人が亡くなったら、なにか元気がなくて確かに前より小さくなられたかなとは思ったのです。でも「前だって細かったのに。痩せたらなくなっちゃいますよ。」と笑って話して別れたのです。
一人はよくない。にんげんは一人では暮らせないとざっくりとわかっていても、夫婦の面倒くさい場面では「ひとりだったら、せいせいするだろうに。」と私も我が連れ合いも思っているでしょうね。お互い様というのもわかっています。
親よりなにより長い付き合いです。子孫を残す動物としてはある意味不自然に長いと言えるくらいに長いです。
どちらが先に逝くのかわかりませんが、ひとりになったときにわかるのでしょうか?ふたりで老いの日々を暮らせることに感謝しないといけないのでしょうね。にんげんが複数人いれば摩擦がうまれるのは当然のことなんですよね。
夫婦のことは夫婦にしかわからないとは良く言われていることですが、ほんとにそうですね。専業主婦だろうと共働きであろうと関係なく。
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