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半世紀以上の友人にお世話になってます

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 高校の部活で一緒だった彼女の生き方には歳を重ねて、知れば知るほど頭が下がるばかりです。

 子育てに忙しかった数年はお互いに電話をする余裕もなかったのに、いつからか電話で話したり。ライン電話も彼女に教わってスマホに変えたんですわ。「ラインやったら電話もただやで。」と彼女。

 先日帰省したときも、彼女にはお世話になりっぱなしでした。そういえば、高校生のときからお世話になりっぱなしだったと。やっぱり彼女は「極妻」のあねごのように頼りがいのある友人です。

 彼女が働いていた職場で上司の男性から「○○さんは極妻みたいやな。」と褒め言葉をもらっているのです。同僚の女性がいじめにあってると相談を受ければ、いじめる人にビシッと言える人だったんです。同僚と海外旅行に行けば帰国するなり、時差ボケも関係なく同僚を家まで車で送って行き、その帰りにはスーパーによって食料品の買い物をして帰宅するというスーパーウーマンぶり!

 旅行にいく前にはご主人の食事を日数分作り置きして、出かけるようでした。帰国後に息子さんから「ママ、パンがないよ。」とメールが入る頼れるママなんです。 

 「なあに、疲れるってことがないの?」と呆れてばかりの私でした。

 高校生の時はそんな友人だとは気づくことなく、でもお世話になっていました。彼女はひけらかすことなく、彼女いわく「近所に親戚が多いからなにかとお小遣いをもらうんだわ。」とお小遣いを持ち合わせない私のぶんまでさらっと払ってくれていたように思います。

 彼女のお母さんの話を聞いていると、おなじように面倒見のいいお母さんだったようでした。甥っ子や姪っ子さんたちが「おばさんにはお世話になりました。」とおっしゃるようですから。

 とにかく働き者ですわ。田舎に帰ったとき、何度も彼女のお宅に泊めていただきました。構えることなく、普通に生活のパターンは変わらず朝は早く起きて家族に朝食を用意して〜。一度若いときには彼女と夜の街にでかけて私はこたつで寝てしまっていたことがありました。朝、彼女の子どもたちを起こす声が聴こえてきていました。

 私の頭の横をお子さんたちが通られるのですが、モゾモゾと起きにくくて寝たふりをせざるを得ない私だったのを覚えています。そんなでも、彼女は「いいんよ。寝てて。」と動じません。毎日の日課通り、何時に寝ようと朝は早いのです。

 結婚された娘さんから「ママ、明日朝一番の新幹線で東京まで出張するから、起こして!」と頼まれたんよとさりげなく話していたことも。それほど信頼度の高い頼れるママなのです。

 こんな人だったの?!と高校生のときには知るよしもなかったので、驚いてばかり。

 体力的にキツイ仕事をしながら、家の中はぴしっと整えていて、掃除機の音は朝から鳴り響くほどに隅から隅まで。娘さんいわく「ママは掃除機が1年に一回壊れるほど、掃除機魔なんやわ。」犬がいたのもあり、彼女もアレルギーがあったためかとにかく几帳面な掃除ぶりでした。ひたすら感心するばかりの私でしたねえ。

 しっかり働いて、遊ぶ時は遊び、家も建て替えて、今も自宅の一角につくったお店を切り盛りしています。

 とにかくアッパレな友人になにかとお世話になるばかりの私ですわ。

 ありがたい!の一言につきます。私の父のことまで気にかけてくれて、先日は私の姉妹のところまで「お父さんにこれを。」と歯がなくても食べやすいお菓子を持っていってくれたようです。

 ほんとに頭が下がるんです。余談ですが、彼女のお母さんも2年前に95歳でしたか、亡くなったのです。誕生日の話になったら私の父と同じ誕生日だったので、驚きました。

 ライン電話で話していたら、「父がね、施設に入っていたときに私がバッグから「どらやき」やなんかお菓子を出すとね、嬉しそうな顔をしてたんよ。」と。お母さんより前に亡くなったお父さんの思い出を話してくれました。

 それを覚えているので、私の父にもお菓子を持っていってくれる優しさに胸がキュンとなった私です。

 頼もしく、優しい友人は小柄で動きすぎて細くて、でもジムにも通っているタフな女性です。

 「爪の垢でも煎じてのまんとあかんわ!私」もう遅いやろか(^_^;) 

 今もお店で働いていることでしょう。彼女は。

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