私のアキレス腱である大腸の不調が数か月に一度程度、私を苦しめるのです。
つい数日前も、夜中に一人で悪戦苦闘していたのです。
私は若いころから風邪、発熱、咳、喘息吸入器を医師から出されたこともありました。マイコプラズマ菌に感染して発熱したことも、「成人発症スティル病」などと聞いたこともない病気にもかかりましたね。膠原病などの脇に表示されている病気でした。
歯が痛くて食事もできないと歯科医院に行ってレントゲン撮影で「唾石」が唾液腺にできていますと言われた時も「それは何ですか?」と。でも、レントゲン写真にはしっかりと唾石なるものが見えましたけど。初めて聞くことはまず驚くものですわ。
椎間板ヘルニアの痛みは28歳ころに発症して以来、なんども痛みで病院のお世話になりました。が、結局は痛みをやわらげる鎮痛解熱剤を出されて終わりという繰り返しでした。
40歳初めに長年の便秘からか、「切れ痔」のために鮮血が出るので意を決して手術をしていただきました。あまりの出血に貧血になるのではないかと思っての決断でした。私は関東の病院を知らないので、千葉県生まれの知人に「どの病院がいいのかな。」と教えてもらっての上で執刀していただきました。
その折に腸の内視鏡で「がん」になる手前のポリープを見つけていただいて切除。その後も一つポリープがあり切除してもらいました。それは危険レベルは低かったようでしたが。
病気、特に「がん」一歩前の大腸ポリープを切除してもらったのは、たまたまにしては運がよかったと言うべきことだと。でないと、どうなっていたやら。
インターネットなどなかった時代でしたので。
椎間板ヘルニアの手術の名医を頼ろうと、私が40歳代のころ都内の病院の待合室にいたときです。みのもんた氏がその名医に手術をしてもらって、入院されているときでもありましたね。車いすの年配の奥様とご主人様がいらしていて、なぜか私に「家内は寝ても座っていても痛いんですよ。東大病院で腰痛の手術をしてもらったんだけどね。」と話しかけてこられたのです。
診察を終えて出てこられた際も「医師にこんなにめちゃくちゃになってしまっていると、何もできないですと言われてしまった。初めにこの病院に来ればよかったのになあ。」と肩を落として車いすを押していかれる後ろ姿にはかける言葉もなかったのは忘れられません。
椎間板ヘルニアでかかった名医には、腰にあるもう一つの脳外科関連の疾患をMRIで見つけてもらい、そちらも都内の別の病院を紹介していただきました。脳外科の部長先生も気さくな良い医師でいらしたです。今もその疾患は腰に持ったままですが、生活に支障が今のところないのです。
元気元気で来なかった分、病院、医師にはずいぶんお世話になりました。そうしながら、元気なときは働いてきたのですけれど。
さて、前期高齢者になった今。毎日なんとか快適に過ごしたいと思っています。体調の良しあしは一番の大前提ですからね。
不思議なくらい腰痛はここ最近は暴れることなく、穏やかに治まってくれているので、よしよしこの調子でねと願っています。
問題は腸、なのか?ほかに問題があるのかにかかっているのです。それで、どの病院に行こうかと思案しているのですが。
「赤ひげ先生」のような医師はへったのでしょうかねえ。人間味のある医師が。
私が一番最近お世話になった横浜にある唾石の執刀医師(全身麻酔でしていただきましたが)はたまたまネットで調べて「この先生にお願いしよう。」と決断。遠くても良い医師でなけれ怖いとの思いから。
結果、良い医師は穏やかで、横柄などとは程遠いのだと感謝の念でいっぱいになりました。患者さんが多くてだいぶん先の手術予定だったのですが、痛みが出てきたことを電話で看護師さんに伝えたのです。一応という気持ちで。
5月の手術予定を変更するよと先生自ら私の携帯電話にかけてきてくだすったのです。ちょうど霞ヶ浦の🌸を見に行っていた最中に。「痛いんなら、早めるからね。」と。
ありがたかったですね!患者に寄り添ってくださると言うのは、こういう医師のことを指す言葉ですね。
おかげさまです。良い先生に恵まれて今があるのだと感謝の気持ちで頭が下がるばかりです。
さて、腸の具合が悪いのか、ほかの何かが不調なのかをどちらの病院の医師に診ていただきましょうかねえ。
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