毎週、コリもせず連れ合いは定期便のように「又、外れた!」と叫びながら(当たった方がビックリするわ!と私。)これが毎回のことですからねえ。そりゃ、当たったら飛び上がってしまうか、腰が抜けるでしょうけど。腰が抜けてもいいわ!この際(^_^;)
娘からは「宝くじなんて当たらないんだからね!」と冷めた口調で言われていますが。その娘、30年近い前に「ナンバー4」がまだ1週間に一度の抽選だったときに、私が買うのを見ていて「買おうかな?」と買ったんです。2百円で。1週間後の朝、珍しくムクッと起きてきて寝ぼけ眼で自分の買ったのと新聞を睨んでいたと思ったら、「当たった!!」1等賞が当っていたんですよ!
90万円近い金額で、私と娘で銀行までいただきに行きましたねえ。なんと、娘は「友だちの誕生日を間違えて書いたんだよ。」でした。「福運」が強いというか、「神様がこの子は貧乏だから、当ててあげようって思ってくれたんじゃないの。」とツラっと言ってましたわ。ちゃんと、50万円は貯金して、残りのお金から友人と2人でトルコへ大学の卒業旅行にリュックを背負ってバックパッカーで行きました。
2週間後に無事に帰宅したのにはヤレヤレでしたが、またまた驚いて呆れたことに、2週間の海外へはいていたジーパン一つだけで行ったんだと知ったときです。それも、さすがにそのジーパンが痒くて仕方がなくなって〜と若い娘がいうんですから!「男の子だって、ジーパンの替え用1本くらいは持っていくわよ!」と言えど、後の祭りでした。
その上、トルコ人の男性たちに車から声をかけられてクラブのような所へ行ったとも言うではないですか?!若いというのは「怖いもの知らず」もいいところ!よく、生きて帰ってきたものだと、娘の顔をマジマジとみてしまいました。マア、高校では男子学生ばかりの柔道部に友人の女の子と2人で入部して柔道の練習に明け暮れていましたし。10枚ほどTシャツを買い込んで、柔道着の下にTシャツをきて3年間やり通しましたね。家でも腕立て伏せを100回とか平気でやってました。強くなりたかったんでしょう。
あの当時、娘の話しを聞いていたら、男の子も関係なく名字で呼び捨てで、見ていても男女の違いを感じさせないので、私の高校生のころとは大きく変わってきているなあと痛感したのを覚えています。今もその高校の同級生の女子5人(中に柔道を一緒にした彼女もいます。)と飲みに行ったり、お互いの家に集まっておしゃべりを楽しむ会をコロナ禍が起きるまではしていましたね。
大学時代は20kのリュックを背負って山登りで北海道から沖縄まで夏休みごとに1ヶ月ほど帰って来なくて、ゲソっと痩せて帰宅したら家にあるお菓子やらをムシャムシャと食べてと、到底私にはできないことを次から次へと。バイトもしっかりとウエイトレスをして働いていましたね。ファミレスや、ちょっとおじさんが来てビールを飲むようなガラス張りの安全なカフェでも働いていて、ケバいタイプでは無い娘はおじさんにチップをもらったりと親には山登りの費用は出してくれと言わずにお金を貯めていたようです。我が娘ながら、あっぱれな子でしたわ!
そんなでしたから、「神様が宝くじを当ててあげようと思ってくれたのよ!」と言われたのにも、「はい、そうね!」と。
すると、我がつれあいに宝くじが当ってもいいようにおもうのですが😞貧乏に育ったし、条件は揃ってませんかね?「当ったら子どもたちにああして、こうして〜」といろんな夢はあるようですが。問題は「福運」ですかね。宝くじの当たる人は数回当たる人もおられるようですもんね。神様m(__)m✌
そしたら、私もおこぼれに預かって、コロナ禍が過ぎ去ったら海外旅行に行きたいものです。日本の名湯もいいですねえ!海外の資産家に買収されないうちに日本の温泉でゆったりしたいわあ😊
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